【2025年6月定例会】未来の働き方特集1(経営分野)

日本のIT、なんだか世界に置いていかれている気がしませんか?

でも、AIエージェントには、こうした状況を変える力があるかもしれません。6月の定例会では、その可能性に満ちたAIエージェントの世界を学ぶべく、新進気鋭のエージェント専門家を招聘し、基本から実習を交えつつ診断士として何ができるか深掘りしてみました。

講演1)デジタル赤字の理由を探る

野網会員より、経済産業省が2025年4月に発行した『デジタル経済レポート』を分析して得られたマクロ的な観点と、実務経験に基づくミクロ的な視点を交えながら、今後の日本が進むべき方向についての説明がありました。

まず、日本が直面する「デジタル赤字」について解説がありました。経済産業省によれば、2025年時点で6.5兆円のデジタル赤字が見込まれており、今後10年間で18兆円、さらに「隠れ赤字」を含めた悲観的なシナリオでは、最大で45兆円に達するという試算が示されています。これは非常に衝撃的な数値です。

この赤字の背景には、国内産業における構造的な課題があると指摘されました。日本企業はSI(システムインテグレーション)中心の労働集約型ビジネスに偏重しており、外資系企業が強みを持つアプリケーション、ミドルウェア、OSといった資本集約型ビジネスでは、競争力が不足している実態が浮き彫りになっています。

また、野網会員が実務で対応している業界のクラウドアプリケーションの運用現場でも、IaaS型のシステムからPaaS型のシステムへ移行することで、以下のような改善(メリット)を得られる可能性が紹介されました。

  1. 顧客ごとの個別対応に対する柔軟な開発(DevOpsによる追加開発の効率化)
  2. 従量課金による収益性とスケーラビリティの確保
  3. サービスの自動復旧機能による運用負担の軽減

IT技術者の不足が続く中、今後はこれまで以上にPaaS型やSaaS型のシステムへのシフトが加速すると見込まれており、これによってミドルウェア・OS分野への投資が進む海外勢の優位性がさらに高まります。結果、日本のデジタル収支の赤字幅が一層拡大する可能性があると野網会員は指摘しました。

講演の最後に紹介されたのは、経済産業省レポートの著者・津野氏による提言です。「差別化第一の考え方から脱却し、エコシステム(完全な垂直統合)の構築を目指すべきである」というものでした。これは、個別の競争力を重視するアプローチから、企業間の協業や産学官の連携・共創を通じた、より強固で持続可能なデジタル基盤の構築へと転換することを意味しています。野網会員もこの提案に強く共感を示し、今後は学術レベルでの取り組みにも大いに期待したいと、講演を締めくくりました。

講演2)生成AIと半導体の進化

安田会員よりAI時代の半導体市場の動向と、日本・神奈川県内のものづくり企業にとってのビジネスチャンスについて解説が行われました。

■AI半導体の概況

生成AIの急速な進化を支えているのが、半導体です。AI関連の半導体は大きく「プロセッサ(演算処理)」「メモリ(データ保持)」「周辺機能(インターコネクトや電源管理)」に分けられます。中でも特に注目されているのが「GPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)」で、生成AIの学習や推論の高速化に欠かせない中核部品です。

このGPU市場をほぼ独占しているのが米国のエヌビディアであり、毎年新製品を投入することで、生成AIの飛躍的な性能向上を牽引しています。

■半導体市場の拡大と日本の位置づけ(マクロ視点)

世界の半導体市場は、過去50年間で年平均成長率(CAGR)9.0%という高成長を遂げており、これは世界GDP(同5.4%)の約1.7倍のスピードです。特に近年は生成AIの需要拡大などにより、市場の成長が加速しています。

現在の世界の半導体市場上位企業は、台湾・米国・韓国に集中しており、日本の製造企業は部品供給や装置、材料などの分野で強みを維持しています。 また、日本政府は半導体産業を国家戦略として位置づけており、TSMCなど海外勢の工場誘致に巨額の補助金を投じています。加えて、令和6年11月には、2030年までの7年間で10兆円を超えるAI分野への公的支援を閣議決定しており、今後の成長産業としての期待が高まっているとのことでした。

神奈川県:国内有数の「半導体立県」へ(ミクロ視点)

神奈川県は、国内でも有数の半導体関連企業の集積地として注目されています。多くの有力な日系半導体関連企業が県内に本社や主力拠点を構えており、TSMCジャパンなど外資系企業も日本拠点を置いています。

また、半導体分野で先端研究を進める大学や研究機関も数多く存在し、産学官連携による技術開発の土壌が整っています。こうした要素が揃う神奈川県は、「半導体立県」としてのポテンシャルを備えていると安田会員は示しました。

半導体産業は大規模な設備投資が必要な分野である一方で、バリューチェーン全体を1社だけで完結することは困難です。設計・製造・後工程の各段階において、中小の製造業が技術力を活かして補完することが不可欠です。横浜をはじめとする県内には、精密加工や部品製造に強みを持つ中小企業が多く存在し、半導体製造装置向け部品の出荷額は全国1位を誇ります。

国も「中小企業新事業進出補助金」などを通じて半導体分野への新規参入を支援しています。今後、生成AIの発展に伴って半導体製造装置の需要がさらに高まると見込まれ、中小企業にとっても大きなビジネスチャンスが広がっていると安田会員は講演を締めくくりました。

講演3)AIマルチエージェンシステムとは ~ マルチエージェントフレームワークを使ってみた~

高田会員より、AIエージェントフレームワークを使用して開発したデモプログラムを題材に、AIマルチエージェントシステムの開発技法、実践事例を説明いただきました。

昨年末から今年にかけてAmazon BedrockやMicrosoft Copilot Studioにマルチエージェント構成を実装できる機能が追加され、Difyなどのスタートアップ企業だけではなく、大手企業のサービスでもマルチエージェントシステムを簡単に開発できる環境が整いつつあります。シングルエージェントではプロンプトが長くなると品質が低下したり、処理時間が長くなったりする課題があり、マルチエージェントシステムはこれを解決する方法として注目のトピックだと言います。

続いてPythonベースのCrewAIフレームワークを使用して開発したデモプログラムを題材に実装方法やAIエージェントの動作について説明がありました。 以前のシステム(プログラム)では処理を1から10まですべて開発言語の仕様に従ってコーディングする必要がありましたが、CrewAI フレームワークでは以下の図のようにRole、Goal、BackStoryなどをスクリプト(文章)で定義します。この定義に従いどのような順番でどの処理を実行するかをエージェントが自律的に決定すると説明がありました。

世の中にはAIエージェントが開発可能なフレームワーク、製品が数多く存在し、どの製品がスタンダードになるかまだ分からない状態です。ただ、マルチエージェントシステムという形態がメインストリームになる可能性は十分にあり、今後も積極的に取り組む必要がある技術だと講演を締めくくりました。

講演4)マルチAIエージェントシステム開発のリアルノウハウ

続く講演では、今まさにマルチエージェントを活用した「経営支援ツール」を開発しているAIベンチャー、株式会社Franca AIのCEO井上氏とプロダクトアドバイザーの幸加木氏から、開発中のプロダクトを紹介いただきました。また、参加のAI研メンバーが実際にツールにアクセスして、ツールの目的が実現可能かどうかを検証しました。

まず初めに、「AIサービス/プロダクトのPoCと本番プロダクト構築の現場におけるリアルな違い」というテーマで、マルチエージェントシステムを開発する際の注意点や配慮すべき点についてお話しいただきました。AIエージェントの自律性と安全性を両立させるための工夫など、開発ノウハウが共有され、非常に参考になる内容でした。

その後、実際にツールの検証に移りました。具体的には企業の有価証券報告書のPDFをツールに読み込ませ、「当該企業の事業内容を説明させる」「主力事業を1つ抽出し、SWOT分析をさせる」「2030年に向けた、当該企業のAIを用いた新規事業案を出させる」「新規事業案を実現していく上で、ファイナンス・法務・マーケティングなどの分野を一つ選択し、課題を洗い出してもらう」の4つの問いを与えて、回答を得ました。

初めて触れるツールであったため、操作に戸惑う場面もありましたが、検証後に実施したアンケートでは概ね好評を得ました。しかしながら、同時にまだまだ課題があることも分かりました。

同社は、最終的には、経営者のコンサルタント役となるAIエージェントの開発を目指しており、例えば地方中小企業の人手不足の特効薬になることを掲げています。ツール検証に参加した私たちも、AIエージェントの利用体験を得て、AIの進歩を実感するとともに、コンサルの立ち位置は変化せざるを得ない現実を理解することができました。

終了後、幸加木氏からは、参加メンバーへの御礼とともに、今後、中小企業に関する会話情報の中から企業情報を自動的に抽出・保存できる仕組みの実装を予定しているなどのメッセージをいただきました。

AIビジネス研究会では引き続き、同社の実証実験に協力していく予定です。

文責:松浦会員、高田会員