「便利になった=顧客が満足している」と思い込んでいませんか。アプリ、チャットボット、無人受付端末…。DXが進むほど、顧客は“見えない不満”を抱えています。いま問われているのは、「顧客の心をどう読み解くか」です。
2025年10月度の定例会ではIPSホールディングス株式会社 コンサルタント足利 国洋氏、東京大学発のAIベンチャーを率いる株式会社アウターク CEO西山 瑞生氏をお招きして、DX/AIサービス開発の最前線の視点から「顧客満足の本質」に迫り、“顧客の不満を価値に変える”DX/AIサービス設計の考え方と実践的なヒントを得ることができました。
講演1)なぜ工場DXは失敗するのか?

講師:IPSホールディングス株式会社
コンサルタント 足利 国洋
AIビジネス研究会 安楽 國廣
AIやIoT技術を活用して工程の自動化や問題改善を実施したという話はよく聞きます。しかし、「それで工場全体の生産性や生産高がどれだけ上がりましたか?」と尋ねると、多くの方が口ごもってしまうと足利氏は語ります。
部分的なデジタル化は進んでも、工場全体の成果が変わらなければ、その活動に意味はありません。では、なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
足利氏からは製造現場の作業員、ITベンダー、経営者という3つの立場から見た問題点が示されました。
1. (製造現場の問題点)カイゼン活動の習慣(個別最適の罠)
日本企業の素晴らしい文化である「カイゼン活動」が、個別最適に貢献していることに間違いはありません。しかし、「いっぱい作ろう」「ミスなく作ろう」「残業を無くそう」という現場の問題意識と、「生産高を極大化したい」「機会損失をゼロにしたい」という経営の問題意識には大きなギャップがあります。工場全体を俯瞰した上で、どの工程のどの課題を解決することが最も効率的なのかを考えなければ、結果として無駄な活動となってしまいます。
2. (生産技術者の問題点)ITは生産技術に関係ないという意識
「ITは工場に関係ない」「設備に関係ない」「自分たちの仕事ではない」——こんな状況になっていませんか?AI/IoTに代表されるデジタル技術も、生産技術であると認識すべきです。工場運営に貢献する進化が著しい技術の取り扱いが、情報システム部門と製造部門の間で曖昧になっているのが現状です。
3. (ITベンダーの問題点)埋もれる膨大な新しい技術
昨今の市場では、新しい技術やそれらを適用した製品であふれかえっています。「撮影が必要だが、どんなカメラが最適?」「画像分析はパッケージか、AI技術で個別開発か?」といった判断に多くの時間を費やします。しかも、ITベンダーは自社製品ありきの提案ばかりで、ユーザが本当に必要な技術に出会えないのです。AI/IoT等のデジタル技術も生産技術と認識することが必要です。
4. (経営者の問題点)工場はIT投資の対象外
基幹系業務(販売・購買管理、財務会計など)にはERPを含めた大規模な投資がなされる一方で、工場系業務は多くの企業でIT投資の対象外です。その背景には、「コストダウンこそが工場の使命」という考え方があります。しかし、目指すべきは工場をプロフィットセンターと捉え、生産資源を最適化して生産高の増大と生産性の向上を図ることです。

スマート工場の夢として「どこでもものつくり」ができるように共有している情報の活用とAI技術との連携を行うことが大切と、安樂会員からコメントがありました。
講演2)AI時代のDX解体新書
講師:株式会社アウターク CEO 西山 瑞生氏
AIエージェント開発を手掛ける株式会社アウタークの西山瑞生氏が登壇。テーマは「AI時代のDX解体新書」。生成AIの進化が加速する中で、DXの成功と失敗を分けるポイントについて、実際のプロジェクト事例や失敗例を交えながらご講演いただきました。
西山氏はまず、DX施策を「守りのDX(既存事業の深化・効率化)」と「攻めのDX(新規事業・価値の創造)」の二つに大別しました。その上で、生成AIの登場によって「業務プロセス自動化」や「全社データ活用」といった“守りのDX”領域の重要性が一段と高まっていると指摘。生成AIの進化がDX全体の可能性を大きく押し広げていると述べました。

一方で、AI DXの普及とともに施策の失敗も増えていると警鐘を鳴らしました。西山氏によると、AI DXと従来のDXでは失敗の構造が異なり、特にAI DX特有の失敗要因として、①業務削減につながらない自動化AIエージェントの構築、②PoC段階での評価不足や認識の齟齬、③AI SaaSで代替可能なシステムを高コストでカスタム開発してしまうケースの3点を挙げ、併せてAI DX検討時の注意点(ノウハウ)も共有いただきました。

講演3)デジタルで顧客は本当に満足しているのか? -顧客行動分析による顧客満足度の測定に関する研究
講演:小泉 昌紀(AIビジネス研究会 代表)
デジタルサービス化が進むにつれて、生産性向上や業務効率化など導入企業視点での成果については多く語られていますが、実際に利用している顧客は満足しているのでしょうか?
スマートフォンのアプリやチャットボットなど、デジタルの便利なサービスが増えています。企業側は「効率的で便利」と考えていますが、実は利用者の満足度は必ずしも高くありません。
例えば、60〜70%の人が店舗とネットの両方で買い物をしますが、91%が「アプリをわざわざ入れてまで使いたくない」と感じています。チャットボットも、たった1回の嫌な経験で30%の人が使うのをやめてしまいます。 なぜでしょうか?それは、便利さや効率は向上しても、「安心感」「親しみやすさ」「信頼感」といった心の満足が得られていないからです。
今回の講演では、実際に数千人を対象にした調査から、3つの重要な発見が紹介されました。
1. ネットサービスは、誰にでも効果があるわけではない
電機、ファッション、食品の3業界で1,500人に調査したところ、メーカーのホームページやアプリは、その製品に強い関心がある人にしか効果がありませんでした。年齢や新しいもの好きかどうかは関係ありませんでした。つまり、「とりあえずアプリを作れば売れる」というわけではないのです。
2. チャットボットは、見た目が大切
通信会社のAIチャットボットで800人に実験したところ、クレーム対応では「人間の顔」より「動物のキャラクター」の方が満足度が高くなりました。意外なことに、この効果は女性より男性、年配の方より若い世代で顕著でした。これは「女性は可愛いものが好き」という思い込みとは逆の結果です。
3. 新しい技術の導入は、働く人の不安を生む
1,000人の従業員調査で、AIやロボットなどの新技術導入が「仕事を失うのでは」という不安を生み、辞めたい気持ちを高めることが分かりました。しかし、同じ技術でも「定時に帰れるようになります」と伝え方を変えると、逆に意欲が高まりました。
以上より、「デジタルサービス・AI技術を導入すれば顧客や従業員の満足度が上がる」という単純な話ではないことが分かります。使う人の気持ちを理解し、どう伝えるか、どうデザインするかが重要であり、利用者の心に寄り添わなければ、かえって不満や不安を生んでしまうことを認識する良い機会となりました。

ワークショップ1)ITサービスの新コンセプト創出
今回の定例会では仮想企業が導入するITサービスの新コンセプト創出するワークショップを実施。各チーム内で①経営者、②IT部門(システムベンダーや情報システム部門)、➂ユーザの役割を決めた上で、それぞれの立場でITサービスに求める期待や課題を抽出。そして、抽出した期待や課題をぶつけ合うことでITサービスに真に必要なコンセプトを考える演習を実施しました。

異なる立場から期待や課題を抽出したことにより、会場は熱気に包まれました。「これは全員が求めていることだ!」とメンバーの期待が一致するもの、「経営者はコスト削減を求めるが、ユーザは使いやすさを優先したい」と意見が真っ向から対立するものなど、多種多様な意見が飛び交い、活発な討論が繰り広げられました。
普段は自分の立場からの意見に固執しがちですが、このように複数の立場の意見をクロスさせることで、より精度の高いコンセプトが生まれることを、参加者全員が体感できる貴重な機会となりました。
まとめ)
生成AIの登場と急速な発展により、デジタルサービス化はさらに加速しています。しかし現状では、企業側の都合で導入されている場面が多いのが実情です。今回の講演とワークショップを通じて、今後はユーザの満足度を意識したITサービスの開発・導入こそが企業のロイヤルティ向上につながることを、参加者全員が実感できる有意義な会となりました。


文責:安樂会員、高田会員


